62回目の終戦記念日に思うこと 市橋あや子 杉並区議会議員
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2007 年 8 月 15 日     カテゴリ:市橋あや子は考える
62回目の終戦記念日に思うこと

私の父は今81歳。私と妹との二人姉妹のせいか、これまであまり軍隊での話しは聞かされないまま今日まできてしまいました。ただ、母を通してこま切れ状態ではありますが耳にしています。

昭和19年、東京の学校に通っていた18歳の時に召集され、海軍に入隊した。場所は横須賀。すぐに長野県松代に行き、山中に穴を掘っていた。松代の穴を掘り終わると次は九十九里。アメリカ軍が上陸した場合を想定し、ここでも穴を掘った。穴を掘りながら、この戦争は負けるのかもしれない、と思った。次の目的地に向けて山中を歩き、山を越え、群馬県の沼田に下りてきた時に玉音放送を聞いた。よく聞き取れなかったが「負けたんだ」と思った。部隊は、沼田の駅で解散したので一目散に実家のある安中に向かって歩いて帰った。

軍隊で父は味噌汁の作り方、靴下の繕い方を学んだとかで、煮干からだしをとって上手に作ります。また、靴下も自分で繕う姿を何回か見たことがあります。その父からは「戦争は絶対やっちゃいけない」「あの戦争は間違いだったと誰もが思っていたけど言えなかった。そういう世の中だった。それ自体が異常だった」ということを聞いて育ちました。戦争の経験を語る人が段々少なくなっている今、戦争に関わった親を持つ私たち世代が次の世代に「戦争は悲惨なものだ」「戦争は絶対やってはならない」「戦争に向かう道を選択してはならない」ことを伝えていくのが今を生きている者の使命だと思います。
実際に戦場に赴いてはいませんが、青春の一時期に入隊していた経験というのは父の人生の中でどのように作用したのだろうか。父が元気なうちに当時の話など、聞いてみようと思います。

<写真>杉並区役所ロビーで行われている「広島原爆写真展」で。





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